Introduction
原作はオーストリアの作家、シュテファン・ツヴァイクの「チェスの話」。1933年にヒトラーがドイツの首相に就任し、オーストリアにも反ユダヤ主義が広まったことから、ユダヤ人のツヴァイクは、1934年イギリスへ亡命する。その後、ブラジル、アメリカなどを転々としたツヴァイクが、1942年にペトロポリスで本作を書いたのだが、完成した直後に自殺を選んだために、これが最期の小説となった。ツヴァイク自身と重なる主人公が、極限状況の中、心身を病みながらも、何とか生き延びようとする姿が描かれる。主人公と同じく平和と芸術を深く愛するツヴァイクが、ナチスによる生命と文化の破壊に絶望して亡くなったことから、命をかけてナチスに抗議した書として世界的ベストセラーとなった傑作の映画化が実現した。
監督は、『アイガー北壁』『ゲーテの恋~君に捧ぐ「若きウェルテルの悩み」~』のフィリップ・シュテルツェル。少年時代に原作と出会って深い感銘を受けたシュテルツェルは、変わるはずはないと信じられていた自由な世界が、驚くほど短い間に簡単にひっくり返されるという物語に、まさに現代の社会状況との共通点を見出し、警告の想いを込めて本作を作り上げた。主人公のヨーゼフを演じるのは、オリヴァー・マスッチ。ドイツで最も敬愛される名優の一人で、『異端児ファスビンダー』で数々の賞を受賞している。また、ダークコメディ『帰ってきたヒトラー』のヒトラー役でも知られ、『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』などハリウッド大作でも活躍している。愛する妻と人生を楽しんでいたヨーゼフが、様々の形で踏みにじられる人間の尊厳を取り戻そうとする姿をリアルに演じきった。
ヨーゼフと緊張感あふれる対峙を繰り広げるゲシュタポのベームには、本年度アカデミー賞®4部門受賞という快挙を成し遂げた『西部戦線異状なし』で重要な役を演じ、英国アカデミー賞に輝いたアルブレヒト・シュッフ。インテリジェンスで一見上品な男が、たやすく狂気に転ぶ様を冷徹に体現して、観る者を震撼させる。
ナチスのゲシュタポと囚われたヨーゼフ、ヨーゼフとチェスの世界王者──過去と現在の二つの対決が息もできないほどのスリルに満ちた駆け引きで進むにつれて、冒頭からの伏線が回収され、もう一つの予想もしなかった真実が明かされていく。観る者の心をかき乱す、かつてないヒューマン・サスペンスが誕生した。